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外宮神楽殿
第一鳥居口参道入口の火除橋(ひよけばし)
伊勢神宮とは、伊勢の宇治の五十鈴(いすず) 川上にご鎮座の皇大神宮(こうたいじんぐう、内宮=ないくう)と、伊勢の山田の原にご鎮座の豊受大神宮(とようけだいじんぐう、外宮=げくう)及び別宮など125社神社の総称です。 神宮参拝の順路は、多くの場合まず外宮からというのが古来からのならわしだそうです。
豊受大神宮(外宮)には、豊受大御神(とようけおおみかみ)をお祀りしています。 豊受大御神は御饌都神(みけつかみ)とも呼ばれ、御饌、つまり神々にたてまつる食物をつかさどられています。 このことから衣食住、ひろく産業の守護神としてあがめられています。
手水舎
第一鳥居口参道
外宮は内宮と同じく、正宮と呼ばれているように、建物やお祭りはほとんど内宮と同じですが、屋根の千木や鰹木など細部にちがいがあります。 両宮は決して並列にされるものではなく、あくまで内宮が神宮の中心です。
第一鳥居口参道 この参道は外宮の表参道にあたります。入口には防火のためにつくられた掘川が流れ、火除橋(ひよけばし)がかけられています。 火除橋をわたり神域に入るとすぐ左側に手水舎があり、ここで手を洗い口をすすいで心身を清め、ご正宮へと向います。
外宮神楽殿 第二鳥居を過ぎて右側にある入母屋造の建物が、「外宮神楽殿」です。 神恩感謝やご祈願の御神楽の奉奏、御饌(みけ)を奉奠しての御祈祷や献金、豊受大神宮の御神札・御守・暦・御神号軸などの授与を取り扱っています。 外宮参拝記念の御朱印もここで頂くことができます。
正宮 皇大神宮(内宮)ご鎮座より遅れること481年、雄略天皇の御代、天照坐皇大御神のお告げによって、丹波の国(現在の京都府天橋立付近)から、この伊勢の国度会の山田の原にお迎えした、豊受大御神をおまつりしています。
正宮前の参道
正宮
唯一神明造(ゆいいつしんめいづくり)といわれる、建築様式のご正殿は、内宮の正宮と規模やつくりは殆ど同じですが、鰹木が内宮より1本少なく、千木が外削(先端が垂直に切られている)になっているとのことです。
式年遷宮 社殿を造り替える20年に一度の大祭です。正殿を始め御垣内の建物全てを建て替えし、さらに殿内の御装束や神宝を新調して、御神体を新宮へ遷します。 次回は「第62回式年遷宮」で平成25年です。 平成17年から第62回式年遷宮の諸祭・行事が進められています。
式年遷宮御敷地
風宮
別宮 別宮は正宮との間柄を示す称号で、皇大神宮、豊受大神宮を正宮とするのに対して、あたかも本家に対する分家の意味で、別宮と称するのだそうです。 別宮の「宮」は宮号(きゅうごう)と称され、天皇の思し召しによって、古くは勅書をもって、のちに官符をもって、定められたとのことです。
土宮
多賀宮への石段
豊受大神宮には宮域内に3所、宮域外に1所の別宮があります。 豊受大神宮大前の渡った先の右手にあるのが土宮、左手にあるのが風宮です。 それを過ぎて、正面の98段の石階を上がると、外宮の第一別宮である多賀宮がご鎮座になっています。
多賀宮
北御門口参道
北御門口参道 外宮神域に入る、もう一つの入口が北御門です。 第一鳥居口と同じく火除橋がかかっています。 手水舎は橋の外の左側にあります。
内宮の参道
宇治橋外側の鳥居
皇大神宮(内宮)には、天照坐皇大御神(あまてらしますすめおおみかみ)をお祀りしています。 このご神名は、お祭りに際して神前で畏まって称える最高のご名称で、通常は皇大御神あるいは天照大御神と申し上げているそうです。
宇治橋 内宮への入口にある五十鈴川にかかる宇治橋は、日常の世界から神聖な世界へのかけ橋といわれています。 宇治橋の外側と内側に、高さ7.44mの大鳥居が立っています。 内側の鳥居には、内宮の旧正殿の棟持柱が用いられ、外側の鳥居は外宮のものがあてられます。
宇治橋
宇治橋からの五十鈴川 左前方が御手洗場
この鳥居はさらに20年を経過すると、内側の鳥居は鈴鹿峠のふもとの「関の追分」、外側の鳥居は桑名の「七里の渡」の鳥居となります。 ともに正殿の棟持柱となって以来、60年のお勤めを果たすことになります。
宇治橋は20年ごとに架け替えられます。 全長101.8m、幅8.421mで、欄干の上に16基の擬宝珠(ぎぼし)を据えた純日本風反り橋で檜(ひのき)で作られていますが、橋脚の部分は欅(けやき)を使用しています。
宇治橋内側の鳥居
五十鈴川と御手洗場(みたらし) 内宮の参道を進んでいくと右手に川に下りることができる緩やかな斜面があります。 この斜面を下りたところが、元禄5年(1692年)徳川綱吉の生母、桂昌院が寄進したものといわれる石畳を敷き詰めた五十鈴川岸の御手洗場です。 神路山を水源とする神路川と、島路山を源とする島路川の二つの流れが、合流して五十鈴川となります。
参道の松
神域の西側を流れる五十鈴川は別名「御裳濯(みもすそ)川」と呼ばれ、倭姫命(やまとひめのみこと)が御裳のすそのよごれを濯がれたことから名付けられたという伝説があります。 水源を神路山、島路山に発する、神聖な川、清浄な川として知られる五十鈴川の水で心身ともに清めることができます。
五十鈴川岸の御手洗場
手水舎 今日、神社に参拝する時に、手を洗い、口をすすぐのは、川や海の中に入って禊(みそぎ)をし、心身を清めていた行事を簡略化したものだそうです。 手水の仕方にも作法があり、まず柄杓に水を汲んで、左右の手を洗います。次に左の掌に水を受けて、口をすすぎます。柄杓から直接口をつけるのは不作法とされています。 天気の良い日は五十鈴川「御手洗場」で、口と手を清めることがお勧めだそうです。
内宮神楽殿
内宮神楽殿 参道の左側にある、銅板葺・入母屋造の建物で、向かって右端から「神楽殿」「御饌(みけ)殿」「御神札授与所」があります。
御神札授与所
御饌(みけ)殿
神恩感謝やご祈願の御神楽の奉奏、御饌を奉奠しての御祈祷や献金、皇大神宮の御神札・御守・暦・御神号軸などの授与を取り扱っています。 内宮参拝記念の御朱印もここで頂くことができます。
正宮は参拝者で大混雑
正宮 垂仁天皇26年にご鎮座されてから、2000年。 4重の御垣に囲まれた一番奥にあるご正殿に、天照坐皇大御神(あまてらしますすめおおみかみ)がお鎮まりになっています。 唯一神明造(ゆいいつしんめいづくり)と名付けられる建築様式の、正殿をはじめとして付属の殿舎ならびに御垣は、20年に1度、式年遷宮の大祭を行って建て替えられます。
内宮神楽殿から正宮への参道
この遷宮によって、2000年昔と変わらない姿を今も拝することができるとのことです。 風来坊が伊勢神宮に行ったのは、3連休の中日とあって、内宮は大変な人で賑わっていました。 正宮前には長蛇の列ができており、参拝には15分〜20分程度を要しました。
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