散策スポット・北海道東北

散策スポット目次

HOME

前ページ

次ページ

高幡不動尊の紅葉 (H18.12.3)


五重塔付近の紅葉



五重塔と紅葉


真言宗智山派別格本山、高幡山明王院金剛寺は古来関東三不動の一つに挙げられ高幡不動尊として親しまれています。



高幡不動尊の草創は、古文書によれば大宝年間(701年)以前ともあるいは奈良時代行基菩薩の開基とも伝えられているようです。

しかし、約1100年前の平安時代初期に慈覚大師円仁が、清和天皇の勅願によって当地を東関鎮護の霊場と定めて山中に不動堂を建立し、不動明王をご安置したのに始まるというのが正しいようです。


奥殿



五重塔


建武2年(1335年)8月4日夜の大風によって山中の堂宇が倒壊したので、時の住僧儀海上人が、康永元年(1342年)に麓に移し建てたのが現在の不動堂で関東稀に見る古文化財です。

続いて建てられた仁王門とともに重要文化財に指定されています。



五重塔


五重塔



稲荷社付近の紅葉



足利時代の高幡不動尊は「汗かき不動」と呼ばれて鎌倉公方をはじめとする戦国武将の尊祟をあつめ、江戸時代には関東十一檀林に数えられ、火防の不動尊として広く庶民の信仰を集めていました。

この当時門末三十六ケ寺を従え、関東地方屈指の大寺院でしたが、安永8年の業火により大日堂をはじめ大師堂、山門、客殿、僧坊等を一挙に焼失しました。


稲荷社



大師堂


その後、歴代住持の営々たる努力により徐々に復興に向かいましたが、殊に昭和50年代以降五重塔、大日堂、鐘楼、宝輪閣、大回廊、奥殿等の工事が相継ぎ行われ、往時を凌ぐ程の寺観を呈するようになっているとのことです。



高幡不動尊は11世紀頃までに大寺院の形態を整えたといわれており、大日如来像、不動明王像、二童子像、菩薩像(三躯)、歓喜天像などの平安時代の古像が現存しています。

江戸時代の安永8年の大火でその歴史にふさわしい寺宝の大半を消失しましたが、古文書などを含めると、なお2万点近い重要な文化財が収蔵されています。


五輪塔



大師堂付近の紅葉


総重量1100キロを超える巨像で、古来日本一と伝えられた重文丈六不動三尊は、このたび千年ぶりの修復作業が完了し、現在奥殿にご安置されています。


また、昭和60年から行われた東京都および日野市の文化財総合調査により数多くの発見があり、その一部が寺宝展会場に陳列されています。


散策路からの五重塔



多摩丘陵の一角を占める高幡不動尊の3万余坪という広大な境内は、千本の緑に包まれているといわれています。

そして、春の椿、三茱萸(さんしゅゆ)に始まり、300本の桜、7500株のアジサイ、500本の楓など、四季とりどりの花木が訪れる人を楽しませてくれます。



散策路から大師堂を望む



散策路の紅葉


また、境内には新選組記念碑、土方歳三像、上杉憲顕の墓、お鼻井戸、芭蕉句碑をはじめ史蹟、文学碑等も多く、裏山不動ヶ丘には山内八十八ヶ所の弘法大師像がまつられ、ご参拝に、歴史や文学探訪に、また自然観察に絶好の散策地になっています。



500株の楓は広い境内のあちこちに見られますが、五重塔、大師堂、稲荷社付近には多くの紅葉が植えられており見事な景観を呈しています。

また、大師堂や稲荷社から鐘楼にかけての山の斜面にも多くの紅葉が植えられています。


散策路の紅葉



散策路の紅葉


この山の斜面には多くの散策路が設けられており、散策路を歩きながらさまざまな角度から紅葉を楽しむことができます。

しかしながら、山の斜面の大部分が多摩丘陵の北側に当たるため、太陽の光線が届きにくく、燃えるような紅葉には局部的にしかお目にかかれませんでした。



大師堂、稲荷社から鐘楼にかけての紅葉に、全面的に太陽光線が届けば、どんなにか素晴らしいことでしょう。

局部的な光線でも、写真のような見事な紅葉ですから!


五重塔や大師堂付近の紅葉は早朝に陽が当たるようですし、鐘楼付近の紅葉は午後に陽が当たるようです。


散策路の紅葉



鐘楼



鐘楼付近の紅葉


もしかすると、高幡不動尊の紅葉は太陽光線に影響されない、ライトアップが一番良いのかもしれません。


風来坊、残念ながらライトアップをまだ見ておりませんので、評価できませんが。

高幡不動尊はアジサイも素晴らしいですが、紅葉も見事なものです。



アクセス


京王線高幡不動駅から徒歩3分

モノレール高幡不動駅から徒歩5分


鐘楼付近の紅葉



鐘楼付近の紅葉


拝観料


 無料


関連するホームページ

 高幡不動尊金剛寺


        風来坊

 目次  TOP 前ページ 次ページ