「花園神社」は、新宿の総鎮守で、徳川家康が武蔵国に入った1590年以前に、大和吉野山より勧請されたと伝えられています。
花園神社は寛永年代(1624〜1644年)までは現在の場所よりも約250m南の伊勢丹デパート付近にありました。しかし、寛政年間に朝倉筑後守がその周辺に下屋敷を拝領したため、現在の場所を拝領することになりました。
その場所は、徳川御三家筆頭の尾張藩下屋敷の庭の一部で、沢山の花が咲き乱れていたとのことです。この美しい花園の跡に移転してきたので花園稲荷神社と呼ばれたのが、社名の由来とされています。
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