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大人の東京社会科見学 その1 (H26.2.20)


水道橋駅東口からの光景



水道橋

JR東日本の「駅からハイキング&ウォーキングイベント」の「今こそ学ぶ大人の東京社会科見学会」に参加しました。

サブタイトルは「近現代ニッポンを支えてきた歴史・文化遺産に触れる」です。

細部説明は「レンガ造りの法務省や東京駅、国権の最高機関である国会が開かれる国会議事堂、戦中・戦後を伝える昭和館など、東京の中枢に点在する歴史・文化遺産に触れてみませんか」です。



東京ドームを左手に見て進みます


コースの概要は次のとおりです。

JR水道橋駅→文京シビックセンター→小石川後楽園→昭和館→日本武道館→科学技術館→国立劇場→最高裁判所→国会議事堂→法務省法務史料展示室→日比谷公園→三菱一号館美術館→JR東京駅(ゴール)


東京ドームシティ



講道館

コースの歩行距離は約9km、歩行時間は約2時間15分(施設での見学時間を除く)、所要時間約3時間15分(施設での見学時間等を含む)です。

小石川後楽園で梅の撮影に時間を要したこと、昭和館や法務省法務史料展示室を見学したことから、所要時間4時間30分、約1万4千歩でした。



文京シビックセンター



文京シビックセンター 上の写真の逆方向です


JR水道橋駅東口から白山通りを北に向かって約800m進むと「文京シビックセンター」です。

「文京シビックセンター」1階で受付を済ませた後、25階の展望室に上りました。

文京区役所本庁舎が入居する文京シビックセンターは、文京公会堂の跡地に1999年11月に竣工した、地上28階、地下4階、高さ142mの建物です。

東京23区の区役所では、最も高い建物です。


右下には東京ドームシティーが



東京スカイツリー



池袋方面 正面がサンシャイン60



新宿方面 富士山は霞の彼方に

文京シビックセンターは、区役所のほか、大・小ホール、区民施設、展望ラウンジ、レストラン、カフェなどを備えた総合施設です。

文京シビックセンターの25階北側には展望室があり、無料で東京の景観を楽しむことができます。

室内照明の反射を避けるために傾斜のついた窓が特徴的です。


浅草方向にはスカイツリーを、新宿方向に高層ビル群と富士山を望むことができます。

関東の富士見百景にも選出されています。

また、25階南側はスカイレストランになっています。

展望室の眼下に、これから訪ねる石川後楽園を望むことができます。


小石川後楽園 白いのは雪です



小石川後楽園の塀 大雪の影響が!

文京シビックセンターを出て、「富坂下」の交差点を左折し文京シビックセンターに沿って200mほど進むと「後楽園駅前」の交差点です。

交差点を右折して50
mほど進むと左手に白壁が続いています。

小石川後楽園の壁です。壁に沿って400
mほど進むと、小石川後楽園の入り口です。



小石川後楽園



小石川後楽園・梅園


小石川後楽園は水戸黄門ゆかりの大名庭園です。

江戸時代初期、寛永6年(1629年)に水戸徳川家の祖である頼房が、江戸の上屋敷の庭として造ったもので、二代藩主の光圀の代に完成した庭園です。

庭園の様式は池を中心にした回遊式築山泉水庭園になっています。


浜千鳥



冬至

未開紅



紅千鳥


玉英



白滝枝垂

光圀は作庭に際し、明の儒者である朱舜水の意見をとり入れ、随所に中国の名所の名前をつけた景観を配し、中国趣味豊かなものとなっています。

また、各地の景勝を模した湖・山・川・田園などの景観が巧みに表現されています。

庭園の名前も、中国の「岳陽楼記」の中の「天下の憂いに先立って憂い、天下の楽しみに遅れて楽しむ」から「後楽園」と名付けられました。



白加賀


大盃



呉服枝垂


虎の尾


小石川後楽園は小石川台地の先端にあり、神田上水の分流を引入れ築庭されました。

また光圀の儒学思想の下に築園されており、明るく開放的な六義園と好対照をなしています。

小石川後楽園には、約120本の紅梅、白梅の梅林があります。水戸黄門ゆかりの大名庭園ですから、水戸と縁のある梅も植えられており、多くの種類の梅を楽しむことができます。

今年は梅の開花が遅かったですが、小石川後楽園の梅は随分開花していてびっくりしました


未開紅



青軸


寒紅梅



呉服枝垂

小石川後楽園から南方向に進んだ「飯田橋職安前」の信号を右折して、200mほど進むと飯田橋交差点の上に架かった歩道橋です。歩道橋を渡ってJR飯田橋駅東口に進みます。

JR東口の前の広い道路が目白通りです。

目白通りを南方向に1kmほど進むと「九段下」の交差点で、交差点を渡った右手が「昭和館」です。


「昭和館」は、昭和10年〜30年頃の第2次世界大戦の戦中・戦後の国民生活についての歴史的史料・情報を収集、保存、展示し、後世代の人々にその労苦を伝えるために作られた国立の施設です。

昭和館には現在約4万3500点の実物資料が収蔵されており、6階、7階の常設展示室にはそのうちの約700点が展示されています。


目白通り



昭和館



日本武道館



日本武道館

「昭和館」から壕に沿って100mほど進むと「田安門」の交差点で、左折して50mほど進むと田安門です。この付近は桜の名所千鳥ヶ淵の一角です。

田安門を抜けると北の丸公園で、門から入ったすぐ左手に「日本武道館」があります。



日本武道館


「日本武道館」は、1964年の東京オリンピックの柔道競技会場として建設され、同年10月3日に開館しました。総工費は約20億円(当時)で、法隆寺夢殿をモデルにした八角形の意匠で、大屋根の稜線は富士山をイメージしています。

日本の武道の稽古場、競技場として使用されています。

また、ダンス、マーチングバンド、バトントワリングの競技会に使われるほか、コンサートや格闘技の興行会場、大学や企業などの大規模な入学式・卒業式・入社式の会場としてなど、幅広く使用されています。


ロウバイ



吉田茂像

「日本武道館」の前の道路を道なりに200mほど進んだ四叉路を左折すると「吉田茂像」があり、さらに50mほど進むと「清水門」です。

寛永元年(1624年)助役大名,浅野長晟により建てられた枡形の城門です。

扉釣具の銘には万治元年(1658年)とありますが、これは江戸城の総曲輪の大工事を行ったついでにこの門を修復した年であると考えられています。



清水門



清水門


門名については,昔この辺りに清水が湧き出ていた、また、古くはこの辺りに清水寺があったことから、その名をとって清水門と称したともいわれています。

宝暦9年(1759年)9代将軍家重の第二子重好をして,この門内に一家を創立させて門名にちなんで清水家と称しました。

文久3年(1863年)の本丸炎上の時には、将軍家茂と夫人親子(静寛院宮)は一時ここに移っていたといわれています。


清水門



清水門



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