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東京龍馬会第43回史跡探訪 その2 (H20.5.25)
『明治維新百四十年、安政の大獄百五十年』


赤坂サカス



赤坂BIZタワー


今回は、皇居前広場の東京メトロ千代田線二重橋前駅から千代田線赤坂駅まで地下鉄で移動し、赤坂の阿蔵・赤坂店で昼食です。


赤坂見附駅付近にはしばしば来ていますが、赤坂駅付近は久し振りでした。

駅から地上に出てびっくりです。

TBS放送センターのすぐ近くに高層ビル「赤坂BIZタワー」が建っており、付近は様変わりしていました。

赤坂BIZタワーは、今年(2008年)1月31日に竣工した新しいビルです。

4階〜38階はオフィスエリアです。

地下1階〜2階はSHOPS&DININGエリアで、50店舗近いお店が入居しており、こちらは3月6日にオープンしたばかりです。



また、3月には赤坂サカスがグランドオープンしております。

赤坂サカスは、TBS放送センター、赤坂BIZタワー、赤坂BLITZ、赤坂ACTシアターなど、数々の施設が集まるエリアの総称です。

目的に応じて楽しむことができるよう、さまざまなエンタテイメントが準備されているようです。


赤坂サカス



TBS放送センター


オープンしたばかりの新しい施設がいくつも並んでおり、またに浦島太郎のような感じでした。

赤坂サカスについては次をご覧下さい。

 赤坂カサス



氷川公園のバラ


赤坂BIZタワーの赤坂サカスをでて、国際新赤坂ビルの東館と西館の間を通って少し進むと右手に氷川公園があり、バラの花が綺麗に咲いていました。

氷川公園付近には、江戸時代前期には広島藩浅野家の本・分家の屋敷があり、赤穂藩浅野内匠頭の屋敷もこの地域にありました。

元禄10年(1697年)には、その一部が幕府旗本の屋敷地となり、氷川公園の土地も旗本屋敷となりました。


氷川公園のバラ



氷川公園のバラ

その後幾多の変遷を重ね、明治39年(1906年)に赤坂区が買収し、明治41年(1908年)に氷川尋常小学校が開校しました。

ところが、昭和4年(1929年)に隣家屋火災により校舎が類焼したことから、学校は勝海舟邸跡の旧氷川小学校の地に移転しました。

昭和10年(1935年)、小学校の跡地を公園と開設し、現在は港区が管理しています。



氷川公園を右手に見ながら、緩やかな登り坂を200mほど進んだ右手が、勝海舟邸跡で、「勝安房邸跡」の石碑が建っています。


この土地は、幕末から明治にかけて、幕臣として活躍した勝海舟が、明治5年(1872年)の49歳から76歳でなくなるまで住んでいた屋敷の跡地です。


勝海舟邸跡の石碑



発掘調査により判明した勝邸建物跡


その間、参議・海軍卿、枢密顧問官、伯爵として顕官の生活を送り、その傍らで有名な「氷川清話」などを遺しました。


その時の屋敷跡は東京市に寄付され、平成5年(1993年)まで港区立氷川小学校敷地として使用されていました。



その後、氷川小学校が廃校となったため、その建物を活かしつつ改修を行い、平成15年から区立特別養護老人ホーム(サン・サン赤坂)及び子供中高生プラザとして使用されています。


施設内の1階には、屋敷跡の発掘調査で出土した陶器等が陳列されており、誰でもみることができます。


発掘調査で出土した陶器等



氷川神社



氷川坂の氷川神社入口

勝海舟邸跡地からサン・サン赤坂を右手にみて100mほど真っ直ぐ進むと、前方に石段があり、その先が路地になっています。

石段を下りて100m程進むと丁字路があります。

この丁字路の通りが氷川坂で、丁字路を左折して50m程進んだ右手が赤坂氷川神社の入り口です。


赤坂氷川神社を右手にみて真っ直ぐ進み、三叉路を右折したところにも入口があります。


赤坂氷川神社は、天歴5年(951年)の創立と伝えられています。

江戸時代、幕府の信仰暑く、八代将軍吉宗が将軍職を継ぐに至り、享保14年(1729年)に老中岡崎城主水野忠之に命じ、現在地(豊島郡赤坂今井台)に現社殿を造営、翌15年(1730年)4月26日に、一ツ木台地から現在地への遷宮が行われ、28日に将軍が直々に参拝しました。

以後十四代家茂まで歴代の朱印状が下附されています。


氷川神社境内



本殿

この地は、忠臣蔵の「雪の南部坂」の舞台となった、三次浅野家の屋敷のあった場所でもあります。

大石内蔵助が討ち入り前日に主君浅野内匠頭の夫人、瑤泉院を訪ねて連判状を届け、密かに別れを告げて去ったとされています。

しかし、これは史実ではないようです。

内蔵助ほど慎重に行動し準備を重ねてきた男が、前日に旧主人の夫人を訪ねるような軽率な真似をするはずがないと思われるからです。


境内には、勝海舟ゆかりの四合(しあわせ)稲荷神社もあります。

古呂故(ころこ)稲荷、地頭(じぬし)稲荷、本(もと)氷川稲荷、玉川(たまがわ)稲荷以上の四社を明治31年遷座合祀し、幕末より赤坂に在住していた勝海舟により、『四合(しあわせ)稲荷』と称えられたとのことです。

その後、三社を遷座合祀して、現在に至っていますが、勝海舟筆の「四合稲荷社」という扁額も現存しているとのことです。


氷川神社入口



氷川神社境内で説明を熱心に聞く参加者



大イチョウ

天然記念物の大イチョウ

境内に港区指定の天然記念物の大イチョウがあります。

目通りの幹径約2.4m、幹周約7.5mの推定樹齢400年の巨樹です。

神社が現在地に建立された享保15年(1730年)には、すでに100年を越える樹齢を有していたこととなり、それ以前からこの地で成育していたと考えられます。

イチョウは落葉性の大木で成長も早く、高さ30mにも成長します。

雌雄異株であり、この木は雄株です。


港区内に現存するイチョウでは、最大である善福寺「逆さイチョウ」(国指定天然記念物)に次ぐ大きさと樹齢を保っている貴重な樹木です。



赤坂氷川神社から氷川坂の反対側にある坂を下っていたところに、ソフトタウン赤坂が建っており、そこに勝海舟跡地と記された木標が建っています。

氷川会館のすぐ傍です。

勝海舟は安政6年(1859年)から約10年間、ここに住んだそうです。勝海舟は、氷川町が気に入っていたようで、その後も慶喜に従って静岡に移住するまで、この近辺を転々としていたようです。


勝海舟邸跡の木標



勝海舟邸跡に関する説明を読む参加者


勝海舟が残した「追賛一話」の中で、文久2年(1862年)に、千葉重太郎が坂本龍馬を伴って、赤坂氷川町の勝海舟邸を訪ねてきたことが記されています。

すなわち、この場所は、有名な龍馬と海舟の出会いの場面でもあります。



東京ミッドタウン



ソフトタウン赤坂から氷川会館の方向に向かい、三叉路を左折して進むと、正面が赤坂レジデンシャルホテルです。

ここを左折して進んだところが、東京ミッドタウンです。


東京ミッドタウン一帯は、長州藩毛利氏の下屋敷のあった場所で、敷地は3万坪余りありました。

禁門の変で、長州藩が朝敵となると、下屋敷は、上屋敷(桜田・日比谷公園北部)、中屋敷(砂村・現江東区内)とともに没収されました。

没収の後は広大な火除け地となり、その後、幕府の菜園場、歩兵第一連隊駐屯地を経て、戦後には防衛庁となりました。


ミッドタウン・タワー(上層階はホテル)



ガーデンサイド

2000年に、防衛庁本庁が檜町から市ヶ谷に移転したことから、この街の新しい都市計画が始まりました。

広大な緑を臨む港区立檜町公園を含めた再開発事業です。

2001年9月、コンソーシアム6社がこの土地を落札し、「新しい価値と出逢える都市機能のコラボレーション」という発想の下に、再開発事業が進められ、2007年3月にグランドオープンをしました。


東京ミッドタウンは、「働くこと、住まうこと、遊ぶこと、憩うこと」が一体となった複合都市です。

オフィス、ホテル、公園、美術館といった施設は、それぞれが高い機能性を備えているのはもちろん、互いを受け入れあい、刺激しあい、結びつくことで、何かが生まれる。

この多様な機能によるシナジーこそが、東京ミッドタウンの顔だといわれています。


あたらしい価値を創造する、一歩先をゆく都市といえる場所です。


ガーデンサイドの喫茶室



ガーデンテラスからの展望 前方は昨年のイルミネーション会場



ミッドタウンガーデン 右前方が檜町公園

東京ミッドタウンの最大の特徴は、街の約40%を占める広大なグリーンです。

この広大なグリーンはミッドタウンガーデンと檜町公園の2つで構成されています。

ミッドタウンガーデンでは、昨年12月に素晴らしいイルミネーションが展開されました。

2007年のイルミネーション


檜町公園はミッドタウンガーデンの東側にあります。

檜町公園は、長州藩毛利氏の麻布下屋敷(別名「檜屋敷」)の庭園跡です。

防衛庁跡地とともに檜町公園も再開発されましたが、東京ミッドタウンの敷地内には、歴史を物語るものがいまも数多く残っています。

旧防衛庁に植えられていた約140本の木々は東京ミッドタウンの緑地として、毛利下屋敷跡の石組溝の石は、現在は擁壁として、形を変えて受け継がれているとのことです。


檜町公園



檜町公園


第43回の史跡探訪は檜町公園で解散になりましたが、引き続き六本木の居酒屋で有志による懇親会が行われました。

やさしく、進取の気鋭をもった幕末の志士“坂本龍馬”が好きな人、幕末に興味がある人が集まって、『龍馬を縁に出会いを楽しむ』

という東京龍馬会のモットーが生かされた、楽しい懇親会でした。



檜町公園


檜町公園



東京龍馬会では年2回「史跡探訪」のイベントが開催されています。


この史跡探訪は、東京龍馬会会員でなくても参加できます。


次のサイトのイベントのページからメールで参加申し込みができます。
 
 東京龍馬会


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          風来坊


檜町公園とミッドタウン・タワー


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